宝山寺界隈の賑わいをもう一度 ー城山旅館 岡田篤子さんに聞いてみた【生駒ケーブル100周年記念インタビュー vol.1】

8月29日に100周年を迎えた生駒ケーブル。

今回、いこまつうしんでは100周年を記念し、生駒ケーブルが結ぶ宝山寺や生駒山など沿線にゆかりの深い場所を取材。第一弾は宝山寺の参道にたつ旅館・城山旅館さんをご紹介。

生駒山を見下ろす高台で、この場所で50年近くに渡り営業を続けている旅館です。

かつて「観光生駒」と呼ばれ、賑わいを見せた宝山寺界隈。その賑わいを取り戻そうと様々な取り組みを行う女将の岡田篤子さんにインタビュー。

変わりゆく時代の中で、宝山寺界隈を盛り上げるための様々な取り組みなどについて聞いてみました。

時代に合わせて幅広い提案を

城山旅館の女将として15年あまりとなる岡田さん。周辺の旅館が店を畳む中、他の旅館では行なっていなかった取り組みをいち早く行うとともに、様々な提案を行うことで旅館ののれんを守り続けてきました。まずは、その取り組みや想いをご紹介します。

「なんとか残したい」その思いで継いだ

15、16年前に両親からこの旅館を引き継いだ岡田さん。両親が守り続けたこの城山旅館を守りたい、界隈の旅館が店をたたむなか、「閉めてしまうのはもったいない。ここをなんとか残したい」そんな思いで継いだのだそうです。

インターネットによる予約が今ほど主流ではない頃。「ひとつの賭け」そんな思いで15年ほど前にインターネットによる客室の販売を生駒の他の旅館に先駆けて導入したのだそうです。

「花街の中の宿なので、芸妓が遊びが当たり前のようになっているが、あくまでオプション。泊まることを軸に据えることに考えたを変えた」のだそう。従来の花街ならではの旅館から幅を広げて顧客に提案をするよう決断をしたそうです。

城山旅館にも多くの外国人観光客が

時代の流れに合わせ、先進的な取り組みを行ってきた城山旅館さん。日本各地で増加する訪日外国人の影響を城山旅館さんも例外ではありません。7月から8月にかけての時期は、フランスやベルギー、オランダなどヨーロッパからの客が数多く訪れています。

その背景には、海外の大手旅行予約サイトなどからの予約も受け入れるとともに、英語に堪能なスタッフを入れることで外国の方にも楽しめるようおもてなしに努めていることがあげられます。

岡田さんは「外国人観光客にはいかにエスコートしてあげるかが大切。来ていただいた時にこんなことができますよ、と提案することが大切」と語ります。

ちなみに、海外の人たちにとっては、城山旅館さんまでケーブルで登るという体験がとても新鮮なのだそう。地元の人にとっては当たり前のような光景が、実は生駒の優れた観光資源なのかもしれません。

花街だけでなく、時代に合わせて幅広い提案を

ケーブルの誕生から100年。娯楽が多様化し、めまぐるしく移り変わる近年。そんな中にあって試行錯誤しながら時代にあった形でより満足いただけるサービスを提供しています。

(写真右端が岡田さん)

例えば、花街文化を楽しみたいというお客だけでなく、近年は増えつつあるインバウンドを中心として観光客に向けた新たな提案も。知人の方に講師をお願いし、お茶の点て方を教えたり、浴衣の着付けを教えたりといった新たな取り組みを積極的に仕掛けています。

「花街は花代で芸妓、旅館をはじめ全ての人たちが潤うビジネスだった。将来、こういった形でも花街と同じようにみんなが潤うようにしていきたい」

今は試行錯誤の段階であり、課題も多いと語る岡田さんですが、将来にむけて様々なオプションを設定するとともに、芸妓のように界隈の旅館などで活動できるように…。花街のシステムを活かしながら、今後そのような青写真を描いているのだそうです。

花街ならではの雰囲気を活かして−

花街の趣を残しながら、インバウンドなどの観光客も受け入れている宝山寺界隈。一方で、一帯の旅館などが店を畳み、空いたままの状態となっているという課題も抱えています。

周辺の界隈を取り戻すため…。岡田さんをはじめ、宝山寺界隈に賑わいを取り戻すためのイベントや取り組みなどについてご紹介します。

賑わいを取り戻すため、アートイベントなどを開催

岡田さんはその現状のなか「私たち一軒だけが様々な頑張っていてもいけない。周辺も含めて盛り上げていかないといけないと感じています」と話します。

新しく店舗や事務所して活用したいという方に対して橋渡し役的な存在として活躍されているだけでなく、界隈の賑わいを取り戻す動きため、宝山寺周辺の店舗を巻き込んだイベントなども実施。

万燈会のほか、宝山寺参道で営業していた旅館・旧 たき万旅館の建物にアート作品などを展示した「はならあと」のほか、参道ご縁市などのイベントを行い界隈の賑わいづくりに積極的に取り組んでいます。こうした取り組みもあって、近年従来の花街としての趣を残しながら、新たにこの街でお店をはじめる店舗なども増え、少しづつ賑わいを取り戻しつつあります。

生駒を支えたのは観光であり、花街だった

100年前、生駒を支えたのは宝山寺と花街を軸にした観光。観光で栄えた生駒。今でこそ大阪市内へのアクセスの良さから全国屈指のベッドタウンとなりましたが、今でも花街の趣が残されています。

記憶の中から「花街」というものが忘れさられつつある今日。岡田さんは「花街があったということは隠すものではない」と語ります。

宝山寺界隈の独特な雰囲気。これは、かつて花街があったからこその他にはない街の個性。生駒ケーブルの開業から100年。花街の文化は往時と比べ影を潜めていますが、昔ながらの趣を残しながら、古いところを古いままにするのではなく、新しい店舗を入れて新陳代謝を図る。

こういった取り組みがこれからの宝山寺界隈、ひいては生駒の観光をより活性化させるために大切な姿勢なのかもしれません。

次の100年に向けて 伝統とは伝承と革新であるー

往時には宝山寺から山の麓、現在の生駒駅近くまで旅館がひしめいていたという生駒の花街。今日、かつてのように多くの旅館が並んではいませんが、花街の趣や文化は今も脈々と伝わっています。

「文化を絶やすな」昔あったそのままの状態で伝える「伝承」の部分と、時代に応じて柔軟に求められている形にあわせて変化させていく革新的な部分。伝統とは、伝承でもあり革新である。

生駒を支えた宝山寺界隈。100年後の姿は、もともとの花街の息吹を残しながら、我々の誰もが想像しえない姿になっているのかもしれません。